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■予告編
アメリポンの大陸東部に広がる荒野を『大西部(グレート・ウェスト)』と人は呼ぶ。
かつて、この大陸はアメリポンとは違う名だったと、古い文献は告げている。
その歴史上、西部開拓時代と呼ばれる時代があった。土地と金を求め、野心と銃声に支配された混沌の時代だ。
アメリポン東部にありながら、その荒野が『大西部』と称されるのは、現在のそこが西武開拓時代に酷似しているからだ。
誰が言い始めたとも知れず、いつの間にか、その名は当然のように広まっていた。
『大西部』の夜は冷たく暗い。日中、太陽に焼かれる大地に、高く昇った月が寒々しい光を投げ落とす。
露出した岩肌と砂まみれの大地は昼間蓄えた熱を保つことができず、冷たく凍えていく。
夜闇に乾いた砂が舞い、青白い荒野に芽生えた小さな草花を踏みしだいて、馬が駆ける。
ツバの広いカウボーイハットを深々とかぶり、汚れたシャツを着た男が先頭を走っていた。
カウボーイハットの男に続き、五人の男たちが馬を駆って続く。
同じようにカウボーイハットをかぶった汚らしい姿の男たち。
剃り上げた頭に見事な極彩色のモヒカンをそびえさせた男。
それに、痩せた上半身を露わにした半裸の男。
そんな男たちの一団が荒野を行く。
全身が武装していた。腰には『大西部』で一般的に用いられる回転式拳銃(リボルバー)を提げ、背には使い込まれた長銃(ライフル)を背負っていた。
護身用の武器というには、どれもが使い込まれており、彼ら自身もまた、ただの旅人とは思えない殺気を帯びている。
目にはどこか焦燥の色が感じられた。
何かから逃れるように走る一団の遥か前方、闇に染まる荒野に一点、赤い輝きが灯る。
先頭を走る男が長銃を握り、後続の男たちを制止した。
彼に従い、一団が脚を止める。
カウボーイハットを上げ、無精髭の浮いた顔を覗かせた男の視線の先、ゆらゆらと揺れる赤い輝きは炎の色に見えた。
「……ありゃ、多分、焚き火だぜ」
「奴か? まさか、奴か?」
「それなら、それでぶっ殺すしかねえ……」
怯えを噛み殺すように呟きながら、男たちが馬を降りる。
「この距離……。向こうはまだ気づいてねえはずだ」
身を屈め、男たちが動き出した。
姿勢を低くしたまま、岩などのわずかな遮蔽に身を隠し、できる限り足音を殺しながら進む。
荒れた大地を吹き抜ける風の音に混じり、銃が擦れる音や靴に付けられた滑車の音がかすかに響く。
カウボーイハットの男は砂地から突き出した岩に背を預け、慎重に身を乗り出した。
視線の先に炎が燃える。男たちが予想していたとおり、それは焚き火だった。それがはっきりと確認できるまでに距離は詰まっている。
誰かが喉を鳴らした。
焚き火の傍らに一人の巫女(シスター)がいた。
旅装束というのか、白衣と緋袴という巫女としての衣装の上から砂埃に汚れたポンチョを纏い、頭にはカウボーイハットを乗せている。
巫女であるにも関わらず、その腰には小型の回転式拳銃が吊るされていた。
「まさか……!?」
半裸の痩せた男が息を飲む。
「バ、バッカ!? ビ、ビビってんじゃねえよ。ど、どう見てもあれは幼女だろ。幼子と書いて幼女。ムチムチしてねえから大丈夫だぜ」
「何を馬鹿な。俺の理念からすれば、あれはもはや幼女ではなく少女。ここから見てもかわいそうになるほど胸がなくとも、少女は少女だぜ」
「待ちたまえよ。今、気づいたんだが、少女と処女って、響きが似ているんじゃないかね?」
「お前はいつも変態だな。だが、そんなことより、巡回巫女なら、金持ってるんじゃねえか」
欲望をギリギリで押し殺し、小声で話しながら、男たちはそれぞれ涎を垂らす。
彼らの言葉どおり、旅装束の巫女はまだ年端もいかない少女だった。
カウボーイハットからこぼれる長い黒髪は旅路にあるにも関わらず汚れているように見えず、 巫女装束の袖から覗く手は白く細い。
「馬鹿野郎……。涎を拭け。そして、銃を抜け」
涎も拭かぬまま、男たちがそれぞれ銃を抜く。
「隊商から外れた巡回巫女(サーキット)なのか、個人で回ってる奴なのか、それともただの旅の見習なのかはわからねえが……。ありゃ、ただの巫女だ。あいつじゃねえ……。恐れることは何もねえ」
回転式拳銃を持つのと逆の手を振り、カウボーイハットの男が指示を出す。
身を低くしたままで巫女を包囲するように散開する仲間たちを横目に、彼は焚き火の光の中へと歩み出た。
滑車が立てた音に気づき、巫女が目を向ける。
怯えた様子はない。闇に溶け込む髪と同じ、黒い双眸が彼を見た。
「おっと嬢ちゃん。迷子の迷子の巫女さんを見ると、素敵な世界に案内したくなる一同の登場だぜ」
無精髭の生えた口元にいやらしい笑みを湛え、回転式拳銃の撃鉄を起こす。
少女の手が腰の拳銃に伸びた。
「素敵な世界はどこにある? ここさ」
その背後で夜空目掛け、銃声が響く。
少女は既に囲まれていた。
カウボーイハットの男たちは退路を断つべく、少女を完全に包囲している。
銃声は仲間の一人が威嚇として放った銃声だ。
少女の手は銃を掴むこともできず、止まっていた。
月明かりに硝煙をなびかせた銃口を吹きながら、銃を撃った男が言葉を重ねる。
「つまりはもう逃げられないってーことさ」
「そして、金を持っているなら、速やかに出すといい」
「そ、そして、俺の胸に接吻をしてください、ここ、ここにね?」
痩せ半裸の男が乳首を強調しながら頬を赤らめた。
少女は応えない。だが、動揺と恐怖で応えられないわけではない。カウボーイハットの下に見える瞳は揺らぎもせずに、銃で武装し、自分を包囲する男たちを見回している。
「おいおい。痩せ我慢か? 痩せてるのは胸だけでいいんだぜ? あ、これは褒め言葉で」
「舐めちゃいかんぜ、お嬢ちゃん。いや、ペロリとする意味じゃなくて。俺たちゃ、乱暴って言葉を聞くと、いやらしい意味にしか取れない進化した耳を持つ男の子たちだ。少々、巫女にはトラウマがあるが! だけど、俺、負けない!」
モヒカンの男は泣いていた。銃を握る手が震えているため、隣の男が彼を「ドンマイ! ドンマイ!」と励ます。
その様子を少女はじっと見ていた。
彼女の口から吐息が漏れる。
深く重い、あからさまな溜息と共に、少女の瞳が宿した感情は、男たちへの完全な侮蔑だ。
男たちの間に殺意が膨れ上がる。引金にかけた指に力を入れる者すらいた。
だが、少女は動じない。
「本当にどうしようもない馬鹿が、本当にどうしようもなく馬鹿な作戦を立てて迷惑してたのに……」
もう一度、深く溜息をつきながら、男たちなど見えないとでも言うように、空を仰ぐ。
「本当に出てくるどうしようもない馬鹿がいるなんて……。だから、この『大西部』はタチが悪いのよ」
「て、てめえ!? 馬鹿じゃない子を馬鹿って言う子が馬鹿なんだぞ!」
「畜生! 馬鹿って言いやがった! 撃ち殺してやるー!」
暴れ始めたモヒカンを隣の男が必死に止めるが、少女はそれを一瞥もしない。
「まあ、馬鹿の考えだからこそ、馬鹿が読めるっていう……そういうことなのかもね」
仲間を振り払い、モヒカン男が銃を向けた。
それでもなお、少女は慌ても恐れもしない。怒りに燃える男の目を正面から見据える。
「そうでしょう?」
男たちではない誰かに問う。
「アレックス!!」
少女の叫びに男たちがどよめく。
「しまった! まさか、罠か!?」
「どこだ!? そして、誰だ!?」
巫女が不敵に笑い、動揺した男たちが周囲を見回す。
焚き火の明りに照らし出された荒野に、彼ら以外の人影は見えない。狙撃を狙い、潜んでいるとしても、遮蔽物の少ないこの場所で、月明かりの下、隠れることができるとは思えない。
見えない敵に、男たちがうめく。
しかし、少女が呟いた。
「……あれ?」
彼女の不敵な笑みが凍りついていた。
「アレックス? アレックス!?」
もう一度、大声で叫ぶ。
「ちょっと……なんで? アレックス!? 何してるのよ! アレックスーッ!!」
だが、応えはない。
余裕に満ちていた少女の顔が一転して青くなり、彼女を囲む男たちに余裕が戻る。
「ふ、ふへへへ。なんだか知らないし、誰だか知らないが、王子様は来ないようだな?」
「よしきた! 俺が救いの主になろうじゃないか! さ、さあ! この胸に接吻を!」
痩せた半裸の男が胸を突き出した。
反射的に少女の手が銃へと伸びるが、再びの銃声がそれを遮る。
少女の足元に銃弾が撃ち込まれていた。発砲したのは、カウボーイハットの男だ。
睨みつけてくる少女を見下ろし、男は落ち着いた様子で撃鉄を起こす。
「ここまでだぜ、お嬢ちゃん。さあ、まずは両手を頭の後ろで組みな」
「リクエストだ! その上で、這いつくばってお尻を上に上げるんだ!」
「無論、お尻はこちらを向けるといいぜ!」
「やべえ! 俺たちの中に天才がいる!?」
「なんてこった! 今、天才の声を聞いた!」
口々に声を上げ、男たちはゲラゲラと笑う。
「お尻を前に……! そうか、お尻を前に!」
「我慢できねえ! お尻を前に!」
「そうさ! お尻を前に! ……あれ?」
そこまではしゃいで、不意に男たちの声が止まる。
「おい……。今、俺たち以外の声が混ざってなかったか?」
カウボーイハットの男が問う。
誰も応えることができない。不安げに周囲を見回しても、少女以外の姿はない。
「俺様のことか?」
また声が聞こえた。
しかし、その姿はない。声を追う男たちの視線は少女に集まっていた。
「まさか……」
男たちの目が見開かれた。巫女の少女が腰かけた石の下、土がゆっくりと盛り上がっていく。
炎に照らされた鮮やかな緋袴を押しのけて、何かが姿を現そうとしている。
「下だあぁぁぁっ!!」
「土の中に!?」
その何者か目掛け、一斉に銃口が向けられる。
「どこにいいお尻があるってんだ!」
間髪入れず、地面が炸裂し、粉塵が巻き上がった。
銃声が鳴り響き、鈍い金属音がいくつも轟く。
もうもうと吹き上がる砂埃と、硝煙の中、男たちの眼前に巨大な人影が姿を見せた。
二メートルを越える巨躯が彼らを見下ろしている。
汚れたカウボーイハットの下、不精髭だらけの口元に、歪んだ笑みを湛え、熱を帯び、獣じみた眼光を宿す双眸が男たちを睨みつけていた。
並の人間の足程もある太い腕が隆々とした筋肉の鎧に覆われていることが、汚れたシャツの上からでもわかる。
男の右肩の上に巫女装束の少女がいた。小柄とはいえ、人間一人を肩に乗せて、彼は何の重みも感じていないように見える。
その手には使い込まれた回転式拳銃が握られていた。両手を添えた構えは、引金を引いたまま、撃鉄を叩くことで弾丸を連射する射撃法、ファニングの構えだ。
巨漢の拳銃から黒煙が立ち昇っていた。
対して、少女を包囲する形でいたはずの、男たちの手からは銃が消えている。
正確には全ての銃が弾き飛ばされていた。
「そんな馬鹿な……」
誰かが呟く。
カウボーイハットの男は目を剥いた。
彼の腕は衝撃に痺れている。弾き飛ばされた拳銃が遠くに転げているのが見えた。鉄の銃身に銃弾を受けたゆがみがある。
他の男たちも同じ状態だ。
突如現れた巨躯の男が、土中から姿を現すと同時に、命中精度が著しく落ちるはずのファニングの速射でもって、己を包囲する男たち全ての銃だけを弾き飛ばした。そうとしか考えられない状況だった。
彼らが既に撃鉄を起こし、引金に指をかけていたにも関わらずだ。
「て、てめえは……!?」
半裸痩せ型の声が上擦った。
彼の視線を追い、残りの男たちもその動揺の理由に気づく。
土中から姿を現した男は、もとからなのか、それとも、土の中にいたからなのか、薄汚れたいでたちをしていた。
もとは白かっただろうシャツは土色に染まり、滑車のついたブーツや、分厚い皮の手袋も汗や泥らしきもので、もとの色がわからない程に変色している。
シャツの上に着込んだ皮のチョッキも同じようなものだ。
だが、その胸に、唯一煌く金属の光沢があった。
焚き火の光がその表面でゆらゆらと揺れる。金属片は、星を象り、炎の赤に混じり、本来の色である金色が闇の中で輝く。
その表面に刻まれた文字を見詰め、モヒカンの男がうめく。
「自由保安官(スーパー・シェリフ)……!?」
「そのとおり、俺は自由保安官アレックス・グリングラス」
一瞬で全弾を撃ち尽くした銃を肩の上の少女に預け、腰に提げたもう一丁に手を伸ばす。
「この『大西部』の悪党どもを自由に殺して、自由に略奪! それが正義と認められた自由保安官様の登場だ! ガハハハハッ!」
抜き放った銃を男たちに突きつけ、アレックスと名乗った男は豪快かつ下品に笑い転げた。
「てめえら! 尻だと聞いて出てきたら、こいつの……! ミワの尻とはどういう了見だ!」
「不満があるってのは、むしろ、あんたこそどういう了見よ!」
ミワと呼ばれた巫女がアレックスの側頭部を殴りつけた。
手渡された銃を握り、金属部分で思い切り殴っているが、巨漢の自由保安官は揺るぎもしない。
「つまりは、もっと、いいお尻をした女子がここでお尻を上げて、這いつくばっているから参上せざるをえないって思ったってのに……てめえらあぁぁぁ!」
突きつけた銃の撃鉄を起こし、激昂する。
「ええ!? 俺らが悪いのかよ!? マジギレかよ!?」
「やべえ! 思い出したぜ。アレックスって、あれじゃねえか!? 『雄牛の瞳』アレックスのことじゃねえか!」
痩せ半裸が露出した上半身を青くする。
「おうよ! 知られて光栄ってとこか! 誰が呼んだか? 自分で名乗った『雄牛の瞳(ブルズ・アイ)』! それが俺だあぁぁっ!!」
「自由保安官でも特にタチが悪いって奴じゃねえか!?」
「き、聞いたことあるぜ! 俺たちみたいな悪党よりも、品がなくて、金の亡者。女と見たら、一秒で涎を垂らし、二秒目にはローアングルを狙う」
「会ったが最後、命が残った方が辛い気分になるとか言う最低最悪の自由保安官!」
「どうして、自由保安官をやってられるのかわからないと言われ続けてもう五年!?」
「そのとおり! それが、俺! アレックス・グリングラス!」
最低最悪の自由保安官呼ばわりされた男は親指で自分を差す。
「馬鹿!? 今の誰も褒めてないというか、むしろ、恥じるところだからね!? 前向きはいいけど、気づいてよ!?」
肩の上のミワがもう一発殴りつけながら叫ぶが、アレックスは耳を貸さない。
「そして、天才の俺の策にかかりやがって、この凡愚どもが! 見たかよ! 名づけて巫女トラップ! 胸は貧相だが、どこから見ても無防備そうな巫女をトラップとして、近づいてきたならず者どもを俺様が一網打尽! 常人には考えつかない天才的発想に、俺様すげえぇぇぇ!!」
自らを絶賛し、涎を垂らしそうな顔で続ける。
「しかも、まだ天才続行中! てめえらを一撃で殺さなかったのは何故か? その意図を今ここに明かそうじゃねえか!」
「明かす前に人の話を聞け!!」
爆笑する自由保安官の耳を思い切り引っ張り、至近距離からミワが吼えた。
小さな身体からも、そのいでたちからも連想することのできない絶叫に、アレックスの巨体がビクンと震える。
「耳痛えぇぇっ!? ミワ、てめえ!?」
「うっさい! この馬鹿!」
文句を言おうとしたアレックスのこめかみに銃口が突きつけられていた。
ついさっきアレックスが渡した拳銃だが、既に全弾を装填したものに輪胴(シリンダー)を交換されている。
あらかじめ、輪胴に火薬と弾丸を詰め込んでおく雷管式の銃だからこそできることだ。
「ひぎっ!? おい、ミワ!? 銃って玩具じゃなくってね……」
「御託はいいのよ……。なんで、あたしが呼んだ時にすぐさま出てこなかったの? そういう段取りだったよね? 忘れたりしてないよね?」
撃鉄は起こされていない。だが、親指はかけられている。
いきなり目の前で起きた修羅場を、銃を吹き飛ばされたまま佇む男たちは唖然として見守っていた。
「ま、まあ……。あれだよ。ミワ。まずは落ち着いて話を聞いてくれ」
「そ、そうだ。お前、話を聞いてやれよ。話せばわかるんだよ。人間って奴はさ」
「感情だけで先走って、後悔しちゃいけないぜ。お嬢ちゃん」
「なんで、あんたたちまでなだめてくるのよ!?」
ミワが鬼のような形相で怒鳴りつけると、彼らは口を閉ざした。
「あのな、ミワ。もちろん、忘れるわけがねえよ? お前は、ほら。俺の大事な助手だしな?」
プルプルと震えながら野太い猫撫で声を出すアレックスに、ミワが舌打ちする。
「それで?」
「でもな。あいつら、来るまで三時間程あったわけじゃねえか? で、退屈だったんで、俺様、ちょっと酒など嗜んでいたわけよ? 証拠証拠。はー! ぶっはー!」
深呼吸から息を吹きかけられ、ミワが顔を逸らす。
「そしたら、不思議なことにだ! 俺様、だんだん眠くなってきたわけよ?」
「不思議だね」
「だ、だろう!? でな、夢を見ていたんだ。そう……あれはとてもいいおっぱいをしたお嬢さんと花畑で追いかけっこする夢だった。身体のラインを隠すはずの清楚なエプロンドレスに身を包んでなお、彼女の胸は俺の前で自己主張していたんだ! 揺れていたんだ!」
「す、すげえ夢だぜ……! 俺も、エプロンドレスがよいことに気づいた!」
思わず近づこうとしたモヒカンを隣の男が必死に止めた。
「素敵だね」
ミワは視線も表情も動かさない。
「アハハハハ、アーハハハハ! 俺たちは花畑をかけた。俺の手があの子に伸びる。ほうら、ウフフ! 捕まえた。そしてね、後ろから抱き締めてそのおっぱいをね、触ろうとしたその刹那っ!!」
「刹那だね」
「そう! その刹那! なんか、遠くからミワとかいうチビで胸も皆無の助手の声が聞こえてきやがったのさ。まあ、あれだ。普通に考えてだな。十六歳にして貧乳というか、無乳と、夢の中の凄くよからぬおっぱいと、君ならどっちを選ぶ?」
アレックスの問いかけに、男たちが応えようとするよりも早く、撃鉄が上がる音がした。
「貧乳というか、無乳を選ぶと思うよ。自由保安官助手として」
肩の上のミワはいつの間にか、アレックスの首に両足を巻きつけ自分の身体を固定していた。彼女が小柄とはいえ、簡単に振り解ける状態ではない。
その上でこめかみに突きつけた銃が震えている。
「助手として言うけど、アレックスはどっちを選ぶの?」
「も、もちろん、愛すべき助手だぜ! 無乳だぜ! さあ、仕事の時間だ!! そして、後で何か買ってあげるから、ほんと銃口外してください! 助けてー! 命ばかりは! 助けてー!」
アレックスは鼻水を垂らした。
「わかったから、早くして」
巨漢の肩からミワがひらりと飛び降りる。
大きく息を吸い、鼻水も吸い。
今更、その口元に余裕の笑みを湛えてアレックスが歩み出す。
「さあて。自由保安官『雄牛の瞳』アレックス・グリングラスの登場だ」
「すげえ……。俺たち、なんでこんな奴に負けそうになってんだ……」
「ある意味で負けてるのは確かだがさ」
荒くれ者たちはポカンと口を開けていることしかできなかった。