ライトノベル作家、八薙玉造のblogです。
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ライトノベルをガリガリと書かせていただいている身の上です。
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8月14日(日) 東ヘ-54b 『玉造屋バキューン』
新刊は短編小説『ヨアルキナガレテ』になります。
今回はあまり書いたことのないホラー小説を目指してみました。
過激だったり、グロかったりなシーン注意! のシールを貼ろうと思っている作品なので、
苦手な方はご注意ください。
以下、あらすじと、冒頭部分を掲載した予告篇になります。
(この範囲では注意しなければならないシーンはありません)
本文とは仕様や、文面が違うこともありますが、ご了承ください。
■あらすじ
月が欠けた夜はヨアルキがやって来る。
カミに護られた村に住む、ミケはカミに仕える
ミコとして平和に暮らしていた。
しかし、ある日、この村に変化が訪れる。
それはセキの向こう、外界からやって来た。
■予告篇
月が欠けた夜はヨアルキがやって来る。
外に出てはいけない。
その姿を見てはいけない。
彼らの足音を聞いてはいけない。
◆ ◆ ◆
ミケは眠ることができずにいた。
月が大きく欠けた夜は、いつもそうだった。
彼女は小さな身体を布団の中でくねらせる。
長い黒髪が乱れ、白い寝間着にからまって広がる。
必死に目を閉じ、眠ろう眠ろうと念じているが、そうすればするほど眠気は遠のいていた。
布団の中に潜り込んでいるため、息苦しく、幼い顔にはうっすらと汗が浮かんでいる。
こんな夜に、外に出ている者などいるはずはなかった。
そんな無謀な者はこの村にはいない。
誰も外にはいないはずだった。
しかし、布団をかぶったミケの耳には音が聞こえてくる。
家の外で足音がしていた。
ひとつではなく、たくさんの足音がミケの耳に届く。
砂を蹴る足音のようなものが聞こえる。
固いものが地面を叩く音は馬の蹄が立てるものに似ていた。
グショリ、グショリと湿り気を帯びた、足音なのかどうかわからない音も混ざっている。
それら、多くの音が入り混じり、ミケの家の前、村の往来を忙しなく行き来していた。
ミケにはそれが、何かを探して歩き回っているように思えた。
彼女は声を殺して、何も聞いていないと耳を塞いで、暗い部屋の中、布団の奥で身を小さくする。
自分はそんな音を聞いてはいないと、心の中で誰かに言い訳し続けることしかできなかった。
隣で眠っている父、シオウの鼾が恨めしい。
時間の流れがやけに遅く感じる。
ミケは朝を待ち望むが、鶏の声も、太陽の光もまだまだ遠い。
眠ることができないまま、ミケは息を殺し続ける。
姉さんがいなくなってから、ずっとこうだと、彼女は思った。
◆ ◆ ◆
寝不足で腫れぼったい目を擦りながら、ミケは家を出た。
ようやく昇った太陽の光がやけにまぶしい。
長い夜が明けたことをミケは嬉しく思う。
ずっと布団に潜り込んでいて、いつ眠ったのか記憶はなかったが、遠くで鳥の声が聞こえ始めていたような気がする。
「おはよう。ミケ」
庭に出ると、ミケの父親、シオウが立っていた。
昨夜、大鼾をかいていた彼は着物をきっちりと着込み、眠気などまったく感じさせないさっぱりとした顔をしている。
「おはよう。お父さん」
ミケは小さなあくび混じりに言った。
「……また眠れなかったのか? 大丈夫か?」
「うん。大丈夫。眠れないのは慣れてるから。とにかく準備するね」
心配そうに身を屈めたシオウに、そう応えると、ミケは小走りに家の裏手にある井戸端に向かう。
抱えていた包みをそばに置くと、ミケは着物を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になる。
まだ幼い彼女の身体はか細く白い。
長い黒髪が雪のような肌にまとわりつき、その小さな胸を隠している。
隠された胸元は、かすかに膨らみ始めていた。
ミケは桶を手にすると、井戸の水を汲み上げる。
「よし……。うん」
彼女は桶の中の水に指先を浸し、その冷たさに身を震わせた。
わずかに迷いつつも、ミケは水を頭から浴びた。
「……んっ!」
ミケの唇から小さく声が漏れる。
身を切るような水の冷たさに、まだ寝ぼけていた頭が一気に覚醒した。
細い身体をブルリと震わせると、ミケはもう数度水を浴びる。
「よし。それじゃ……」
「よっ。ミケ、おはよ」
「おはよう、サクカゼ……っ!? やっ!? いやぁっ!!」
ミケは顔を真っ赤にして硬直した。
いつの間にか、井戸端に一人の青年が立っていた。
精悍な顔立ちに引き締まった身体つきをした青年だが、その表情にはどこかまだ幼さが残る。
彼、サクカゼは手に、花を入れた籠を抱えてポカンと、ミケを見ていた。
「見ないで! サクカゼ! 見ないでっ!!」
小さな桶で一生懸命身を隠すと、ミケは後ろを向いて座り込む。
「あ。悪い悪い。別に裸を見にきたわけじゃないんだ。ほら、花を摘んできたよ」
そう言うと、サクカゼは平然とした様子で、手にしていた花の籠を、井戸端に置いた。
「大丈夫だ。育つよ」
「……っ!? そ、そんなこと心配してないもん!」
目尻に涙を浮かべたミケに、サクカゼは「ハハハ」と笑いを返す。
「まあ、遅れるなよ」
「サクカゼが邪魔しなかったら、遅れないもん!」
サクカゼが背を向けたのを確認してから、手拭を手に取ると、身体を隠しつつ、拭き始めた。
「サ、サクカゼ」
ミケの声にサクカゼが足を止める。
水気を拭き取った身体に、白い襦袢を着ながら、ミケは彼の方を向く。
「今日も、お花。ありがとう」
「なあに。これも俺の役割さ」
手を振ると、サクカゼは家の外へ出て行った。
ミケは鮮やかな緋色の袴に足を通す。
そして、サクカゼが準備した花の籠を手にした。籠の中には、南の森で採って来ただろう、色とりどりの花が入っている。その中に、白く大きな花をいくつも生けた髪飾りがあった。
ミケはわずかに頬を綻ばせながら、それを髪に挿す。彼女の頬にはわずかに朱の色が落ちていた。
残った花で白衣を飾ると、ミケはもう一度、袖などを正した。
花で彩られた白衣と緋袴の装束は、ミコのものだ。
着替えを終え、家を出ると、ミケは玄関の方に回る。
「お父さん。準備できたよ」
「ああ。それじゃ、行くぞ」
応えたシオウの足元に、サクカゼが頭を抱えてうずくまっていた。
「サクカゼ? どうしたの?」
「いてぇ……。村長の拳骨、アホみたいにいてぇ……」
ミケがシオウの顔を伺えば、彼のこめかみに青筋が立っていた。
「ミケの裸を見ていいのは、父親の俺だけだろうが。このドアホが」
「お父さんでもダメだよ! わたし、もう十二なんだから!」
「十二なら大丈夫だろ! お父さんと一緒にお風呂に!」
「やだ! もう! バカなこと言ってないで、早く行くよ」
そう言うと、ミケはサクカゼに「じゃあね!」と、手を振って歩き出す。
「ああ。気をつけてな」
サクカゼが手を振り返した。
そんな彼の頭をもう一発はたき、抗議の声を無視して、シオウはミケを追う。
「お父さん! サクカゼ、そんなに叩いたら、もっとバカになっちゃうよ!」
「娘の裸を見た男は許さん。村長としてな」
「村長、関係ないと思う……」
父の言葉に、呆れた顔をしつつもミケはパタパタと早足に歩く。
二人はまだ人影もまばらな村の往来を抜けて、村の北側にある丘へ向かう。
明るい日の光が、村の外に広がるなだらかな草原を照らしていた。
少し歩いた後、ミケが村の方を振り向けば、村の東西にある水田が陽光に煌いているのが見えた。さらに遠くにはサクカゼたち猟師が獲物を追う南の森が横たわっていた。
彼女たちは丘を越え、その向こうにある小さな崖の前で足を止めた。
低い木々に囲まれたそこには小さな社がある。
木で作られた社は、古く、手入れはされているものの、あちこちにが痛み始めていた。
その大きさもシオウの背丈ほどしかない。
社の向こうには崖に刻まれた裂け目が、暗い洞を作り出していた。
朝の日の光も、洞の中には届かないらしく、その奥は見えない。
社のそばで、二人が来るのを、一人の老婆が待っていた。
彼女が差し出した盆を、ミケが受け取る。
そこには芋や人参、大根の入った白味噌の雑煮、炊いたばかりの白米、それに、油の乗った川魚の塩焼きが乗せられていた。
まだ温かさの残るそれらの、食欲をそそる匂いにミケの小さな腹が鳴る。
シオウが苦笑したのを見て、ミケは頬をわずかに膨らませた。
しかし、ミケの表情はすぐに真剣なものに変わる。
両手で行儀よく盆を手にしたまま、ミケは社に向かって足を踏み出す。
シオウも老婆も、社に近づこうとはしない。
ただ一人、ミケだけが社の前まで歩み寄った。
手にした盆を社に捧げると、彼女は恭しく頭を垂れ、しばらくしてから顔を上げる。
両の瞳を閉じると、ミケは歌うように言葉を口にした。
それはミケ自身にも意味がわからない言葉の羅列だった。
この社に祀られたカミを慰める、古い古い言葉なのだと、ミケはかつて姉から聞いたことを思い出す。
朝の風のように爽やかな、しかし、いまだ幼いミケの声が響き渡る。
洞の中に流れ込んだ声がかすかに反響していた。
ミケの姿を、シオウも老婆も神妙な面持ちで見守っていた。
祝詞の奏上が終わり、ミケは再び深く頭を垂れる。
社に背を向けると、ミケはゆっくりと歩いて、そして、ある程度離れると、パタパタと走って、シオウのもとに戻って来た。
「お父さん! 終わったよ」
「ああ。今日もご苦労」
走り寄って来たミケの頭を、シオウが撫でた。
髪を飾る花を落とさないように、気遣っているのか、髪飾りは乱れない。
「じゃあ、帰って朝食にしようか。お腹もすいてるようだしな」
「そ、そうだけど……! 恥ずかしいなあ」
頬をかすかに赤く染めたミケの姿に、シオウも、老婆もニコニコと笑っていた。
老婆をねぎらいながら、シオウはミケの手を引いて村の方へ歩き始める。
「ねえ、お父さん。御飯の後なんだけど……」
「ん? どうした? 何かしたいことがあるのか?」
「うん。その、ね……」
ミケは迷いを見せる。言っていいものか悪いものかという様子で、モゴモゴと口の中で何か呟く。
「遊びたいな」
ようやく口にしたのは、そんな言葉だった。
「……よその子供たちとか?」
シオウの声がわずかに重くなる。
ミケは戸惑いつつも頷いた。
「ゴメンな。ミケ」
彼はすまなそうに眉を下げながらも、言った。
「お前はミコだ。ミコ装束が汚れるような、あの子たちと同じような遊びはやはりさせられない」
「お父さん。でも、わたし、気をつけるから……」
「カミ様をお慰めするのが、お前の役割なんだ」
シオウが背後を振り返る。
そこには木々に囲まれた社がまだ見えていた。
「お前がカミ様をお慰めし、村を護ってもらう。それがどんなに大事なことかはわかっているだろ?」
「……うん」
頷きながらも、ミケは肩を落とす。
そもそも、そう言われるのではないかと、ミケは思っていたはずだった。
それでも、実際に言われると、落胆せざるをえなかった。
「でもな、ミケ」
その小さな肩を、シオウがポンと叩く。
「家の中ならいいぞ。子供たちに、遊び相手になってくれるように言っておこう」
「お父さん!」
ミケがその顔を輝かせる。
「実は子供たちも、お前と遊びたいって言ってたからな。お父さん、ミケが人気者で嬉しいな」
「お父さん! ありがとう!」
ミケがシオウの手を握りしめた。彼は照れた様子で頬を掻く。
そんな様子を老婆は顔のしわだらけの顔で楽しそうに眺めていた。
三人はゆっくりと村に近づいていく。
「……? なんだ?」
シオウが呟いた。
緊張が混じった父の声に、ミケは彼の視線を追う。
村の方から数人の若者が駆けてくる。
「村長! 村長! 大変だ!」
焦燥に満ちた彼らの表情は何か大きな異変が起きたことを物語っていた。
「なんだ? 何があった」
握りしめていたミケの手を離すと、シオウは若者たちに駆け寄る。
「ナガレだ。村に……セキを越えて、ナガレが入ってきた!」
「なんだと!?」
声を上げたシオウの横顔は、ミケがほとんど見たことがない、強張ったものだった。
月が欠けた夜はヨアルキがやって来る。
外に出てはいけない。
その姿を見てはいけない。
彼らの足音を聞いてはいけない。
◆ ◆ ◆
ミケは眠ることができずにいた。
月が大きく欠けた夜は、いつもそうだった。
彼女は小さな身体を布団の中でくねらせる。
長い黒髪が乱れ、白い寝間着にからまって広がる。
必死に目を閉じ、眠ろう眠ろうと念じているが、そうすればするほど眠気は遠のいていた。
布団の中に潜り込んでいるため、息苦しく、幼い顔にはうっすらと汗が浮かんでいる。
こんな夜に、外に出ている者などいるはずはなかった。
そんな無謀な者はこの村にはいない。
誰も外にはいないはずだった。
しかし、布団をかぶったミケの耳には音が聞こえてくる。
家の外で足音がしていた。
ひとつではなく、たくさんの足音がミケの耳に届く。
砂を蹴る足音のようなものが聞こえる。
固いものが地面を叩く音は馬の蹄が立てるものに似ていた。
グショリ、グショリと湿り気を帯びた、足音なのかどうかわからない音も混ざっている。
それら、多くの音が入り混じり、ミケの家の前、村の往来を忙しなく行き来していた。
ミケにはそれが、何かを探して歩き回っているように思えた。
彼女は声を殺して、何も聞いていないと耳を塞いで、暗い部屋の中、布団の奥で身を小さくする。
自分はそんな音を聞いてはいないと、心の中で誰かに言い訳し続けることしかできなかった。
隣で眠っている父、シオウの鼾が恨めしい。
時間の流れがやけに遅く感じる。
ミケは朝を待ち望むが、鶏の声も、太陽の光もまだまだ遠い。
眠ることができないまま、ミケは息を殺し続ける。
姉さんがいなくなってから、ずっとこうだと、彼女は思った。
◆ ◆ ◆
寝不足で腫れぼったい目を擦りながら、ミケは家を出た。
ようやく昇った太陽の光がやけにまぶしい。
長い夜が明けたことをミケは嬉しく思う。
ずっと布団に潜り込んでいて、いつ眠ったのか記憶はなかったが、遠くで鳥の声が聞こえ始めていたような気がする。
「おはよう。ミケ」
庭に出ると、ミケの父親、シオウが立っていた。
昨夜、大鼾をかいていた彼は着物をきっちりと着込み、眠気などまったく感じさせないさっぱりとした顔をしている。
「おはよう。お父さん」
ミケは小さなあくび混じりに言った。
「……また眠れなかったのか? 大丈夫か?」
「うん。大丈夫。眠れないのは慣れてるから。とにかく準備するね」
心配そうに身を屈めたシオウに、そう応えると、ミケは小走りに家の裏手にある井戸端に向かう。
抱えていた包みをそばに置くと、ミケは着物を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になる。
まだ幼い彼女の身体はか細く白い。
長い黒髪が雪のような肌にまとわりつき、その小さな胸を隠している。
隠された胸元は、かすかに膨らみ始めていた。
ミケは桶を手にすると、井戸の水を汲み上げる。
「よし……。うん」
彼女は桶の中の水に指先を浸し、その冷たさに身を震わせた。
わずかに迷いつつも、ミケは水を頭から浴びた。
「……んっ!」
ミケの唇から小さく声が漏れる。
身を切るような水の冷たさに、まだ寝ぼけていた頭が一気に覚醒した。
細い身体をブルリと震わせると、ミケはもう数度水を浴びる。
「よし。それじゃ……」
「よっ。ミケ、おはよ」
「おはよう、サクカゼ……っ!? やっ!? いやぁっ!!」
ミケは顔を真っ赤にして硬直した。
いつの間にか、井戸端に一人の青年が立っていた。
精悍な顔立ちに引き締まった身体つきをした青年だが、その表情にはどこかまだ幼さが残る。
彼、サクカゼは手に、花を入れた籠を抱えてポカンと、ミケを見ていた。
「見ないで! サクカゼ! 見ないでっ!!」
小さな桶で一生懸命身を隠すと、ミケは後ろを向いて座り込む。
「あ。悪い悪い。別に裸を見にきたわけじゃないんだ。ほら、花を摘んできたよ」
そう言うと、サクカゼは平然とした様子で、手にしていた花の籠を、井戸端に置いた。
「大丈夫だ。育つよ」
「……っ!? そ、そんなこと心配してないもん!」
目尻に涙を浮かべたミケに、サクカゼは「ハハハ」と笑いを返す。
「まあ、遅れるなよ」
「サクカゼが邪魔しなかったら、遅れないもん!」
サクカゼが背を向けたのを確認してから、手拭を手に取ると、身体を隠しつつ、拭き始めた。
「サ、サクカゼ」
ミケの声にサクカゼが足を止める。
水気を拭き取った身体に、白い襦袢を着ながら、ミケは彼の方を向く。
「今日も、お花。ありがとう」
「なあに。これも俺の役割さ」
手を振ると、サクカゼは家の外へ出て行った。
ミケは鮮やかな緋色の袴に足を通す。
そして、サクカゼが準備した花の籠を手にした。籠の中には、南の森で採って来ただろう、色とりどりの花が入っている。その中に、白く大きな花をいくつも生けた髪飾りがあった。
ミケはわずかに頬を綻ばせながら、それを髪に挿す。彼女の頬にはわずかに朱の色が落ちていた。
残った花で白衣を飾ると、ミケはもう一度、袖などを正した。
花で彩られた白衣と緋袴の装束は、ミコのものだ。
着替えを終え、家を出ると、ミケは玄関の方に回る。
「お父さん。準備できたよ」
「ああ。それじゃ、行くぞ」
応えたシオウの足元に、サクカゼが頭を抱えてうずくまっていた。
「サクカゼ? どうしたの?」
「いてぇ……。村長の拳骨、アホみたいにいてぇ……」
ミケがシオウの顔を伺えば、彼のこめかみに青筋が立っていた。
「ミケの裸を見ていいのは、父親の俺だけだろうが。このドアホが」
「お父さんでもダメだよ! わたし、もう十二なんだから!」
「十二なら大丈夫だろ! お父さんと一緒にお風呂に!」
「やだ! もう! バカなこと言ってないで、早く行くよ」
そう言うと、ミケはサクカゼに「じゃあね!」と、手を振って歩き出す。
「ああ。気をつけてな」
サクカゼが手を振り返した。
そんな彼の頭をもう一発はたき、抗議の声を無視して、シオウはミケを追う。
「お父さん! サクカゼ、そんなに叩いたら、もっとバカになっちゃうよ!」
「娘の裸を見た男は許さん。村長としてな」
「村長、関係ないと思う……」
父の言葉に、呆れた顔をしつつもミケはパタパタと早足に歩く。
二人はまだ人影もまばらな村の往来を抜けて、村の北側にある丘へ向かう。
明るい日の光が、村の外に広がるなだらかな草原を照らしていた。
少し歩いた後、ミケが村の方を振り向けば、村の東西にある水田が陽光に煌いているのが見えた。さらに遠くにはサクカゼたち猟師が獲物を追う南の森が横たわっていた。
彼女たちは丘を越え、その向こうにある小さな崖の前で足を止めた。
低い木々に囲まれたそこには小さな社がある。
木で作られた社は、古く、手入れはされているものの、あちこちにが痛み始めていた。
その大きさもシオウの背丈ほどしかない。
社の向こうには崖に刻まれた裂け目が、暗い洞を作り出していた。
朝の日の光も、洞の中には届かないらしく、その奥は見えない。
社のそばで、二人が来るのを、一人の老婆が待っていた。
彼女が差し出した盆を、ミケが受け取る。
そこには芋や人参、大根の入った白味噌の雑煮、炊いたばかりの白米、それに、油の乗った川魚の塩焼きが乗せられていた。
まだ温かさの残るそれらの、食欲をそそる匂いにミケの小さな腹が鳴る。
シオウが苦笑したのを見て、ミケは頬をわずかに膨らませた。
しかし、ミケの表情はすぐに真剣なものに変わる。
両手で行儀よく盆を手にしたまま、ミケは社に向かって足を踏み出す。
シオウも老婆も、社に近づこうとはしない。
ただ一人、ミケだけが社の前まで歩み寄った。
手にした盆を社に捧げると、彼女は恭しく頭を垂れ、しばらくしてから顔を上げる。
両の瞳を閉じると、ミケは歌うように言葉を口にした。
それはミケ自身にも意味がわからない言葉の羅列だった。
この社に祀られたカミを慰める、古い古い言葉なのだと、ミケはかつて姉から聞いたことを思い出す。
朝の風のように爽やかな、しかし、いまだ幼いミケの声が響き渡る。
洞の中に流れ込んだ声がかすかに反響していた。
ミケの姿を、シオウも老婆も神妙な面持ちで見守っていた。
祝詞の奏上が終わり、ミケは再び深く頭を垂れる。
社に背を向けると、ミケはゆっくりと歩いて、そして、ある程度離れると、パタパタと走って、シオウのもとに戻って来た。
「お父さん! 終わったよ」
「ああ。今日もご苦労」
走り寄って来たミケの頭を、シオウが撫でた。
髪を飾る花を落とさないように、気遣っているのか、髪飾りは乱れない。
「じゃあ、帰って朝食にしようか。お腹もすいてるようだしな」
「そ、そうだけど……! 恥ずかしいなあ」
頬をかすかに赤く染めたミケの姿に、シオウも、老婆もニコニコと笑っていた。
老婆をねぎらいながら、シオウはミケの手を引いて村の方へ歩き始める。
「ねえ、お父さん。御飯の後なんだけど……」
「ん? どうした? 何かしたいことがあるのか?」
「うん。その、ね……」
ミケは迷いを見せる。言っていいものか悪いものかという様子で、モゴモゴと口の中で何か呟く。
「遊びたいな」
ようやく口にしたのは、そんな言葉だった。
「……よその子供たちとか?」
シオウの声がわずかに重くなる。
ミケは戸惑いつつも頷いた。
「ゴメンな。ミケ」
彼はすまなそうに眉を下げながらも、言った。
「お前はミコだ。ミコ装束が汚れるような、あの子たちと同じような遊びはやはりさせられない」
「お父さん。でも、わたし、気をつけるから……」
「カミ様をお慰めするのが、お前の役割なんだ」
シオウが背後を振り返る。
そこには木々に囲まれた社がまだ見えていた。
「お前がカミ様をお慰めし、村を護ってもらう。それがどんなに大事なことかはわかっているだろ?」
「……うん」
頷きながらも、ミケは肩を落とす。
そもそも、そう言われるのではないかと、ミケは思っていたはずだった。
それでも、実際に言われると、落胆せざるをえなかった。
「でもな、ミケ」
その小さな肩を、シオウがポンと叩く。
「家の中ならいいぞ。子供たちに、遊び相手になってくれるように言っておこう」
「お父さん!」
ミケがその顔を輝かせる。
「実は子供たちも、お前と遊びたいって言ってたからな。お父さん、ミケが人気者で嬉しいな」
「お父さん! ありがとう!」
ミケがシオウの手を握りしめた。彼は照れた様子で頬を掻く。
そんな様子を老婆は顔のしわだらけの顔で楽しそうに眺めていた。
三人はゆっくりと村に近づいていく。
「……? なんだ?」
シオウが呟いた。
緊張が混じった父の声に、ミケは彼の視線を追う。
村の方から数人の若者が駆けてくる。
「村長! 村長! 大変だ!」
焦燥に満ちた彼らの表情は何か大きな異変が起きたことを物語っていた。
「なんだ? 何があった」
握りしめていたミケの手を離すと、シオウは若者たちに駆け寄る。
「ナガレだ。村に……セキを越えて、ナガレが入ってきた!」
「なんだと!?」
声を上げたシオウの横顔は、ミケがほとんど見たことがない、強張ったものだった。
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