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ライトノベル作家、八薙玉造のblogです。 ここでは、主に商業活動、同人活動の宣伝を行っております。
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 ライトノベルをガリガリと書かせていただいている身の上です。

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新刊『ライフハッカー真 予告編①』の続きです。
申し訳ないですが、そちらからお読みいただければありがたいです。

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■予告編②

ゴミや、読み捨てられた雑誌が転がる路地の奥で、一人の 女の子が男たちに囲まれていた。

 うちの詰め襟に似ている制服は、少しガラが悪いことで知 られる黒山高校のものだ。

 そいつら四人に囲まれている女の子は男たちの影に入って 顔が見えない。嵐山の言うとおりなら、その子が、碓氷さんなんだろ う。声には聞き覚えもあったし。

 足音に気づいたのか、黒山高校の連中が振り向く。

 制服の前をはだけ、髪を全て金色に染めていたり、耳の辺 りの髪を虎の縞模様のように剃っていたり、どう見ても、校則を守って なさそうな奴らが殺気立った目を俺たちに向けた。

 正直、ちょっと怖い。

「っんだ!? て めえら?」

「何か用か、こら!」

 唾を飛ばして奴らが怒鳴る。

実はかなり怖い。

「よし。皆殺しにしてくるぜ」

 嵐山は巫女装束の袖をまくると、少々逞しい腕を顕わに、 さっそく全員殺しに行こうとする。

 その眼差しはまさに肉食獣のそれ。どう見ても本気だ。

「待て! 待て待て! 暴力は最後の手段だ。ここは俺に任 せて……」

「遅刻するから、学校に行かないか? どうでもいいだろ」

 鈴がまたぼやく。

「関係ないってのは、どういうことだ! 鈴、てめえ! ク ラスメイトなら、なんとかしてやるもんだろ!」

「名前で呼ぶな、嵐山。そもそも、相手がそう思ってるわけ ないだろ? そんなこともわからないのか、嵐山」

「帆之倉ぁっ!!」

「ゴチャゴチャうるせえ! 関係ないなら、とっとと出て け!」

「俺たちは、この子にちょっと用があるだけだ!」

「うるせえのは、てめえらだ! ぶっ殺してやる!!」

「だから、待て! 嵐山。ここは俺が行く」

 指を鳴らす嵐山を背で押し留めて、俺は前へ出た。

「た、助けて……」

 奴らの後ろからか細い声がする。碓氷さんのものだろう。

「黙ってろ、このドブスが!」

「ひっ!?」

 一喝して、碓氷さんを黙らせると連中がこちらに向かって くる。

「で、なんだ? てめえら?」

 男の一人が口元を醜くゆがめて顔を突き出してきた。

 怖いけど、我慢はできる。

「俺たちはその子と同じクラスの者だ。お前たちを止めに来 た。やめるんだ」

 俺が応えると、そいつらは何がおかしいのか、ゲラゲラと 笑う。

「その子は……碓氷さんは、俺のクラスメイトだから、友達 だ。そんなことされたら困る。それに、そういうのは自分も傷つけるこ とになるぞ」

「うるせえよ! かっこつけてるんじゃねえ!」

「こんなブス、どうでもいいだろうが!」

 後ろにいる奴が碓氷さんの頭を小突いた。

 小さな悲鳴が上がる。

「どうでもいいわけなんてないだろうが! 友達を助けるの に、理由なんてない。それに、俺が助けるのは、そんなつまらないこと で自分を貶めているお前らもだ!」

「なんで上から目線なんだよ、このボケがっ!!」

 いきなり殴られた。

 顔面を打ち据えた一発に、首の骨が嫌な音を立てたのを確 かに聞いた。

 そのまま空中で一回転して、アスファルトに叩きつけられ る。

 本日、まさかの二回転目。

「真!? てめえ ら、やりやがったな!!」

「ま、待て。嵐山!」

 肩を怒らせて前へ出ようとした嵐山の足首を掴んで止め る。足袋って、思ったよりも触り心地がいい。このままその触り心地と、 伝わってくる体温を感じていたい気はするけど、違う! 今はそれどころじゃない。

「止めるんじゃねえ! 俺はもう、こいつらを全員殺す!」

「いいや、まだだ」

 唇から滴る血を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 パンチがまともに顔に入ったので、正直、膝がガクガクと 震えている。嵐山に殴られた分もあって、相当来てる。

でも、このまま、嵐山に皆殺しにさせるわけにはいかない。

「真、お前……」

 嵐山に軽く頷くと、俺は奴らと彼女の間に立つ。

 さっき俺を殴った奴からも、目を逸らさない。

「わかってる。わかってるさ。……お前らがそんなことをす る理由は」

 まだよろめく足で必死に前へ進む。

「お前たちの本当の姿。そして、本当の想い」

「こいつ……。何言ってやがるんだ」

 奴らの一人がたじろいだ。

 そうだ。その怯えこそが、心の弱さを表しているんだ。

「寂しいんだろ? 寂しいから、そんなことをしてしまうん だろ?」

「これは……来やがったな」

 後ろで嵐山が呟いていた。

 鈴が溜息をついたのも聞こえたけど、あいつはいつもそん な感じだ。

 奴らのすぐ目の前に立ち、俺は深く息を吸う。

「そうですよね! フロイト先生!!」

 そして、叫んだ。

「誰だよ!?」

「わからないのか! フロイト先生が教えてくれたんだ!」

 俺はそこに転がっている捨てられた漫画雑誌を見ていた。

 開かれているのは名も知らない漫画のページだ。

 剣と魔法の世界が描かれているのか、そこでは仰々しい剣 を手にした少年が、黒衣の騎士と対峙している。そして、その後ろに は、黒騎士に捕らえられているのか、一人の少女がいた。

「ああ……」

 恍惚とした声が俺の喉から漏れた。

 そこにはやっぱり、フロイト先生がいてくれた。

 雨に打たれ、皺だらけになったページに描かれた女の子 が、その中で動き出す。いや、最初からそこに存在し、息づいていたん だ。

 先生は確かに俺を見守ってくれていた。

 汚れた紙の中、白いドレスから伸びる小さくて細い手足。 髪も、肌も全てが淡雪のように儚く、だけど、鮮烈な白の色に染め上げ られた少女、フロイト先生は俺に向かって微笑み、力強く頷いてくれた。

「それは性欲のメタファーじゃ」

 フロイト先生の声が届く。

「ああ。わかっています。フロイト先生」

「だから、誰だ!?  どこ見て言ってんだ!!」

 衝撃が俺を襲う。

 フロイト先生の存在に、うろたえた男が繰り出した拳が俺 を打ち据えたということに、殴られてから気づく。

 しかし、俺は倒れなかった。

「……っんだとぉぉ!?」

 顔面に叩きつけられた拳を、俺はそのまま顔で受け止めて いた。

 鼻血が垂れ、鉄が焼けたような嫌な匂いがするし、痛い。 だけど、一歩も引かない。

 顔で受け止めた拳をそのまま押し返していく。

「いいんだ。いいんだよ。俺にはわかってる」

「な、何がっ!?」

 男の声が上擦った。

「いや、違う!」

 俺は叫び、顔を上げる。

「だから、何が!?」

「俺にはまだ見えていなかったんだ。この世界の真実が。君 たちが抱える心の闇が! そうですよね、フロイト先生!!」

 フロイト先生の慈愛に満ちた微笑が光をあふれさせ、全て を変える風が吹き抜けていく。

「うおぉぉぉぉっ! ライフハーックッ!!」

「こ、こいつ何を言ってやがるんだ!」

「意味がわからねえぇぇ!」

 視界を埋め尽くす暖かな光に安らぎを覚える。

 それは、人々の心の光、真なる世界の輝きなのかもしれな い。

 まばゆい光はやがて薄れ、ほのかな光となり、風と共に 散っていく。

 もとの世界に戻って来た俺の前には、変わらない光景が あった。

 建物に囲まれ、日の光もまともに届かず、ゴミが乱雑に散 らかった路地裏は何も変化せず目の前にある。鼻を突くすえた匂いも同 じだ。

 だけど、決定的に変わった現実は確かにあった。

 多分、校則違反だろう。金色に染めた髪を乱してワックス で固めた子が、俺のすぐ前にいる。

 さっき俺を殴った女の子だ。

「やっぱり、女の子だったな」

 顔面に拳を当てられたまま、俺はニコリと優しく微笑ん だ。

「な、何だ!?  お前、何言ってるんだ」

 慌てて拳を引いた彼女はうろたえていた。

 金髪の子を含めて、俺の前には四人の女の子がいる。

 もちろん、碓氷さんは別としてだ。

「なるほど。なるほどな。金髪の君がリーダーか。そして、 そこのショートカットの君と、前髪パッツンの君、それに長いスカート の横を破いているせいで、太股が見えて目のやり場に困る君は、この金髪さんの友達ということだね」

「て、てめえ! 本当に何を……いや! なんで、執拗に俺 の足を見やがる!?」

「スカートを抑えて後ろに下がる姿は、さっきまであんなに 猛っていたと思えないほどかわいいな」

「なんだ!? こ いつ、本当に何を……!?」

「真実さ」

 俺は言い切った。

「な、何……?」

「俺が今、見ているのはこの世界の真実」

「いや、だから!!  わかるように……!!」

「ならば言おう!!」

 叫び、指を突きつける。

 掴みかかろうとしていた金髪の子が、また後ずさる。

怯えさせるつもりはなかった。

でも、俺のこの力のことを、理解してもらわないといけない。

この世界の真実を知ってもらわなければならない。

「そう……。人の目に映る世界なんて、相対的なものに過ぎ ない。我思うゆえに我ありという奴だ。そういうことですよね? フロ イト先生?」

「それは性欲のメタファーじゃ」

 か細くも強い声を確かに聞く。

 雑誌の中にいるフロイト先生が応えてくれた。

「我思う……は、デカルトだろ」

 後ろで鈴が呟く。

「そんなのは些細なことだ」

 俺は振り向きもしない。

 鈴がフロイト先生の存在や、その教えを認めないのはいつ ものことだ。

「何故ならな、鈴。デカルトもフロイト先生のひとつの姿に 過ぎないんだ」

「デ、デカ?」

 前髪パッツンの子がポカンとしていたので、俺は説明しな ければならないと思った。

「わかりやすく言うと。そうだな……。例えば、キリスト教 に三位一体という考え方がある。もちろん、教派によって違うのだけ ど、一般的には父と子と聖霊が同一の存在だというものだ」

「そ、それがどうしたってんだ?」

「つまりは、フロイト先生も神と同一ということだ」

「え、いや、ええっ!?  え?」

「かつて日本には本地垂迹と言う考え方があった。仏教の仏 が仮の姿としてこの国に現れたもの。それが日本の神だという考えだ。 つまり、それもまたフロイト先生と同じだと言える」

「言えねえよ! よくわからねえよ!」

「つまり、仏教における解脱も、フロイト先生が永遠不変で あり、全であるということを示している。シッダルダの奴も、フロイト 先生の一部に過ぎなかったということだな」

「おい! こいつ、おかしいぞ! 何かさっきから変なとこ 見て、変なことしか喋ってねえぞ!」

 金髪の子が絶叫した。

「ああ、うん。まあ、いつものことだがな」

 嵐山がやけに力のない声で言う。

「いつだって俺は変わらないさ。君たちが、この孤独な、乾 いた世界で、癒しを求めて、友と心を、絆を結びながらも辿りつくこと ができず、その寂しさを紛らわせるために、こんなことをしている。俺には、それだけはわかる」

 一歩進み出ると、彼女たちは一歩下がった。

「だから、俺がいる」

 そして、俺は合掌する。

「さあ、おいで」

「行くかーっ!!」

「わけわからねえこと言うな! 気持ち悪ぃっ!!」

 金髪とショートカットの子が殴りかかってきた。

 俺は抵抗なんてしない。

 その拳を、蹴りを受け入れる。

 右顎が嫌な音を立て、内臓が揺さぶられる。

 二人がかりで殴られ、蹴られた俺は、呆気なく吹っ飛んで 転がった。

「真!? てめえ ら!」

「いいや! こんなもの痛くない!」

 すぐさま飛び起きた俺は嵐山を止めると、両腕を大きく広 げて、四人の女の子に歩み寄る。

「殴ればいい! 俺を何度だって殴ればいい! それで、君 たちが……げぼっ!!」

 間髪入れず、容赦なく蹴られた。

 転がったところを踏みつけられ、脇腹を蹴り飛ばされる。

「ど、どうだ。これで……」

「ふふ……。まだだぜ」

 彼女たちが息をつくのを見計らって、俺は立ち上がった。

 痛みなんて、ほとんど感じない。

「むしろ、俺は……。いいものを見た。さっき、殴られた時 に、半袖から腋がチラリと見えた」

 金髪を指差す。

「そして、君に蹴られた時には太股を目に焼きつけた」

 ショートカットの子に熱い眼差しを送る。

「ちょ、ちょっと待て、お前は何を……」

「そうさ! つまりはそれも性欲のメタファー! だから、 俺は……君たちのことが好きだ! 俺だけには君たちの本当の姿が見え ている。その愛らしい真の姿がな!」

 両の腕を大きく広げたまま、俺は四人の女の子に近づいて 行く。

 俺が進むたび、彼女たちが照れながら後ずさるけど、構わ ない。

 そして、逃がさない。

 最初は誰だって、こんな反応をするもんだ。これまでに何 度も繰り出したライフハックで、それはわかっていた。

「いいんだよ。心を楽にして。そして、素直になって」

「素直……!?  素直ってなんだ」

「俺のことを好きになっていいよってことさ」

「おかしいだろ!?  それは!!」

「てめえ、本当に何者だ!!」

「ふふ……。知らないのか?」

 後ろに退がり続けていた女の子たちの後ろには碓氷さんの 姿が見えた。

 彼女はおとなしそうな顔をした女の子だ。

 怯えているのか不安そうな彼女にウインクし、俺は四人の 女の子たちに両腕を広げたまま、もう一歩近づいた。

 もう拳も足も届く距離なのに、彼女たちは俺を攻撃しよう とはしない。

 無理もないだろう。この子たちも、自分自身では気づいて いなかった本当の気持ちに気づきつつあるのだから。

 だから、俺は応える。

 俺の役割を彼女たちに伝えるために。

「俺の名前は加賀谷真(かがやしん)。人呼んで、ライフ ハッカー真!! この世界の真 実を悟り、全てをこの手で塗り替える者だ!!」

「わけがわからねえっ!!」

 金髪の子が殴りかかってきた。

 ああ、だけど、今の俺には全てが見える。

 これまで見ることもできなかった彼女の拳がゆっくりと、 それこそスローモーションのように向かってくるのが見える。

 それを軽々とかわしながら、迷うことなく前に出る。

 そして、金髪の子の身体をぎゅっと抱き締めた。

「……なっ!?  ひっ!?」

 一瞬、ビクリと身体が震える。

 俺は構うことなく彼女の背中に腕を回して、その身体を強 く抱く。

 髪を金色に染め、制服を着崩しているわりに、彼女からは 香水の匂いなんかはしなかった。

 もっと、自然な、汗と入り混じる甘い匂い。もちろん、 シャンプーのものも含まれているのかもしれないけど、それを吸い込む。

「てめっ!?  今、匂い……ひいっ!?」 

 俺がその背中に指を這わせると、その声すら甘くなった。

「わかってるよ。俺はいくら殴られてもいいんだ」

 逃れようと必死にもがく彼女だけど、俺は絶対に離さな い。

 涙目になっているのは、自分を受け止めてくれる相手を見 つけたことへの嬉しさと、初めてそんな相手を前にしたことの動揺が入 り混じっているんだろう。

「うわ……。あれ、俺がやられた時みたいだぜ……」

 後ろで嵐山がそんなことを言っていた。

 そう言えば、嵐山との初めての出会いも、こんな感じだっ たかもしれない。

「もう、大丈夫だよ」

 金髪の子の背中を優しく叩いてあげる。

 抵抗を続けていた身体から、ほんの一瞬、力が抜けた。

「……っ!?  う、うぎゃぁぁぁっ!!」

 そして、絶叫すると、彼女は渾身の力で俺を突き飛ばして 逃れた。

 こっちを見る彼女の目は涙で潤み、その顔は真っ赤だ。

「お、お、お、俺! 俺! 今、なんてことを!? 俺は……ぬぎゃぁぁぁっ!!」

 彼女は頭を抱えてガクガクと揺さぶる。

「お、おい!?  どうした! 何されたんだ!?」

「こ、殺してくれ! いっそ、俺を殺してくれぇぇっ!!」

「落ち着け!!」

「うるせえ! 殺せぇっ!!」

「ダ、ダメだ! あいつはやばい。どうかしてやがる!」

 金髪の子が仲間に二人がかりで押さえつけられる。

「くそっ! てめえら、覚えてやがれ!」

 捨て台詞を残し、まだ動揺している金髪の子を引き摺っ て、四人の女の子は逃げ去っていった。

「いつだって来るがいいさ。俺はお前たちを受け止める」

 去りゆく四人の背を見送る。

 一度だけでは分かり合うことはできないかもしれない。

 だけど、俺は何度だって向き合う。

 もし、彼女たちが俺を拒んだとしても、俺は彼女たちを拒 みはしない。

「変質者以外何者でもないな」

 いつの間にか傍に来ていた鈴が失礼なことを言う。

「……逃げたくなる気持ちがわかるぜ……」

 嵐山がぼそりと言ったので、そちらを向いて微笑む。

「こっち見んな! 殺すぞ!!」

 顔を背ける仕草がかわいいのは、いつもどおりだ。

「あ、あの!」

 そんなことをしていると、碓氷さんが立ち上がっていた。

 碓氷さんは嵐山と同じように、普通の制服を着ていない。

 そう言えば、彼女はいつもフリルやリボンをあしらった可 愛らしいドレスを着て登校している。

 うちの学校は案外、フリーダムだ。

 そんな碓氷さんは、やっぱり今日もいわゆるロリータのド レスを着ていた。

 黒と濃紺を基調としたドレスは、胸元やニーソックスに花 をあしらい、とても可愛らしい。ボリュームあるスカートは、転んだか らか、少し汚れていたけど、その程度では彼女の可愛らしさは損われることはない。

 ツヤのない深い色の黒髪をドレスと同じ白いヘッドドレス が彩っている。

 少し幼く見える顔をうつむかせて、もじもじと指先を絡め ながら、彼女はその大きな黒い目で上目遣いに俺を見た。

 やっぱりかわい過ぎる行動に、ちょっとドキリとする。

「真くん……。ありがとう」

 小さな唇が動く。嵐山と違って、日に全然焼けてない頬が 赤い。

「いや、まあ。当然のことをしたまでさ。あいつらも、寂し いんだ」

 なんとなく照れてしまったので、顔を背けて四人が去って いった方などを見てみる。

 まあ、嘘を言ったつもりはないけど。

 不意に唇に何か柔らかな感触が触れた。

 見れば碓氷さんがハンカチで、俺の唇を拭っている。

 レースがあしらわれた薄桃色のハンカチに、赤黒い液体が 染みる。

「碓氷さん?」

「唇、切れてるから。ゴメンね。私のために……。痛い思い をして」

 言われてみれば、殴られたり蹴られたりした場所が痛んで いた。

 唇も少し腫れているように思える。

「い、いや。大丈夫だよ。碓氷さん」

 俺は慌てて首を振って離れた。

「ライフハッカーはこのぐらいじゃ倒れない。むしろ、殴ら れる中に心地よさすらあるんだ! な!? 鈴!」

「私に振るな」

 溜息をついた鈴は、いつもどおりの冷めた目で、俺と碓氷 さんをジロリと見た。

「そんなことより、終わったなら学校に行くぞ。遅刻だ」

「あー。確かに、こりゃ、走っても間に合わねえなあ。ま あ、碓氷が助かったならそれでいいけどよ」

 言いつつ、頬を掻く嵐山に碓氷さんが頭を下げた。

「ゴメンなさい。私が迷惑かけなかったら……」 

「いいや! 嵐山の言うとおりだ。碓氷さんも怪我をしな かったし、あの四人のこともわかったんだ。俺はこれからあの子たちを助 けてみせる! ライフハックで全てをよくしてみせる!」

 俺はそう言うと両手を大きく掲げる。

 それはフロイト先生と、新しい絆の萌芽への感謝を込め て。

「ライフハーックッ!!」

 俺の声は路地に響き渡った。

「いいから、学校に行こう」

 正直、鈴は空 気を読まない子だと思う。


『Hack2 ライフハッカー 対 地球意思ガイアマザー』に続く。 


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